もし、自分が高齢者になったらという発想が大事です。 「親にして欲しいこと」と「自分にして欲しいこと」は違ってないでしょうか? 親に対して、理想を無理強いしてないでしょうか?
高齢者の最終目標は「一人暮らし」
- 年を取ってからの一人暮らしは、その人のもてる全能力を駆使しないとできない
- 家事全般はもちろん、お金の管理や健康管理、周囲とのコミュニケーションなど、日々の暮らしに関わるすべてを、一人でやることになる
- 周りの人から必要とされるような環境をつくり続けられるかどうか
- 少なくとも他人に迷惑をかけないように生きるためにはどうしたらいいかを考えておく
美人看護師長のおかげで十年長生き(エピソード)
- 美人看護師を慕っていた患者さんが数人いた
- 看護師が転勤したら、患者さんの1人がついていった
- 残った患者さんはみな亡くなってしまった
- 美人看護師さんについていった方は長生きした
- 会いたい人がいるということが、長生きの原動力となったことは間違いない
男性は役割、女性はオシャレ
- 自分が必要とされ、この役割は自分が果たさねばならないとなったときの人間の力は本当にすごい
- 本人の力を引き出すきっかけづくりが重要
- 男性は世間話が苦手だしコミュニケーションを取るのも下手なので「役割」や「大義名分」が必要
- 年を取っても、男の関心は、たえず「上か、下か」
- 特に女性は自分をきれいに見せる、オシャレする仕掛けをつくることが大事
老人に過労死なし
- 75歳は後期高齢者というか、本格的老人になる節目
- 一瞬は頑張れるけれど、その後がもたない
- 年を取るに従って回復は遅くなる
- 疲れが出るのが、二日ぐらい遅れてやってくる
- 若い人は体力もあるし精神的にも頑張れから無理をして頑張り過ぎちゃう
- お年寄りは、頑張り過ぎることはない
体を動かす
- 体が何と言おうと、気力に体力を引っ張らせることこそが大切
- 75歳を過ぎて使わなかったら、体はたちまち衰える
- 元気いっぱいだった人が急速に衰えるときは、だいたい怪我や病気をして、動けない時期を経てダメになっていく
- 体を動かさなくなったら、それが自分の意志であっても、そこから立ち直るのは難しい
- 三日以上じっとしてたら転落の道を一直線
年を取るということ
- 年を取るということは、昨日できたことが今日できなくなること
- 今日できたことが明日にはできなくなるということ
- これをどう前向きに受け止められるか
- まだこれだけ残ってるとポジティブに思えるかどうか
高齢者向け施設の選び方
- 立ち振る舞いなども含め、そこで働いている人の表情を見る
- 自分のやっていることへの誇りや自信、心の状態の集大成だから
- 仕事をするうえで、後ろめたさがあったり、疲れきっていたりしたら必ず、態度に表われる
人生の不安を全部解消はNG
- 「ある程度自分のことはできるけれど、三食つくったり掃除や洗濯が大変」という時期
- 「寝たきりになって、いろんな病気が出てくるようになった」時期
- 「人生の最期」の時期
- それぞれ、必要とされる機能がまったく違う
- ひとつの施設でそのすべてを揃えるのは経営的視点からみて無理
ギリギリまで一人暮らし
- 不治の病気や寝たきりなどで動けなくなったときに転がり込む先を、元気なうちに見定めておく
- ただし、そこに入る時期は、できるだけ先延ばしする
- 自分で、もてるものをすべて駆使して、そこに入らないように頑張る
- 死ぬ場所はここと決めておけば、人間は不安から解放される
- そうすると、ポジティブに生きられる
- どんどん見学すべき
- 家を買うときは、何軒もまわって検討するでしょう?
- 死ぬ場所を探すことも同じ
自身が基準
- 「自分の親にして欲しいこと」「自分の親ならどう思うか」を判断基準としない
- 「自分ならどうしてもらいたいか」「自分が入りたい施設とは?」という視点も大事
お風呂
- 高齢になったら、風呂に入れるほうも大変だけど、入れられるほうだって大変
- 本当に汚れたとき、あるいは汚したときに、手をかけてくれればいい
- 洗い過ぎると、人間は脆弱になる
- 今の世の中、清潔信仰が強すぎ
- 日本人の皮膚の病気のかなりの部分は、洗いすぎからきてる
- ほどほどのレベルが大切
- 若い頃ほど脂は出てこなくなる
「親にして欲しいこと」と「自分にして欲しいこと」は、ほんとに違ってしまいますね。
2020/02/27