相手のことを思って、良かれと思ってやったことが、
逆に裏目に出てしまうことがありますよね。

 

「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」

 

こんな言葉があります。
例えば、

  子どもに対して、甘やかしていると、大人になって困りますよ。
  社会で立派に生きてゆくようにするには、厳しいしつけや指導が必要なんですよ。

というようなことです。

 

 

ある湖のほとりに、一人の老人が住んでいました。
その老人は、湖にやってくる鳥に毎日エサをあげていました。

鳥達は、毎日苦労せずエサがもらえたので、
暖かくエサが豊富な場所へ行こうとせず、湖で暮らしていました。

ある寒い冬の日、老人は老衰のため亡くなってしまいました。
鳥達は、エサをもらえず、絶滅してしまいました。

 

 

ある港に、貧しい子どもがいました。
いつも釣りに来る優しいおじさんは、
その貧しい子どもに、釣った魚を分けてあげていました。

 

このお話の結末もわかりますよね。
本当に、貧しい子どものことを思っているのであれば、
釣り竿の作り方、魚の釣り方を教えてあげることですね。

 

 

釣った魚をあげることなどを、便宜的支援といい、
釣り方を教えることを、自律的支援といいます。

困っている人を助けてあげたい気持ちは大切です。
しかし、その場しのぎや、何かに依存しないといけない手助けをしても、
本当の解決にはならないのです。

 

良かれとすることが、本人にとって本当に良いことなのかどうか、
その場しのぎではない愛情をもって見極めなければならないのです。

便宜的支援がいけないということではなく、
依存しない、依存させないように、
便宜的支援と自律的支援の加減をうまく調整して、
指導やしつけを行うようにするのです。

 

一言で簡単にいうと、

将来どうなるかということを見据えるということですね。

2014/06/07